ドーナツホールから見える宵闇

なんとなく思ったことを書いてます

座右の銘を晒せ

座右の銘は“正しい事より親切な事を”だ。人に優しくありたい、人を大事にできる人でありたい。そう願っている。とても難しいことだけれど。

 

何かが起こった時、咄嗟に手を差し伸べる事ができるだろうか。

私には自信がない。きっと一瞬躊躇するだろう。事によれば数日躊躇するかもしれない。

それはやっぱり保身を第一に考えているからなんだと思う。自分の身は自分で守らなくては。他の人を助けられる力なんてない。そんな考えが頭の片隅から顔を出す。だから面倒事には関わりたくない。なんて考えてしまう自分が悲しい。

 

人を大切にするってどうしたらいいの?優しくするってどういう事?

相手の立場に立って考えた結果、的外れな事をしてしまったら?

良かれと思ってやった事が裏目に出たら?余計なお世話だったら?

 

臆病な私の頭の中は言い訳でいっぱいだ。

 

20代前半の時、真冬の寒い中バスを待っていた事がある。冷たい風が容赦なくびゅうびゅう吹いて手や足先が冷たくなっていった。その時、同じくバスを待っていた1人のご婦人(70歳はとうに過ぎているように見えた)が待ちきれずタクシーを止めた。そしてタクシーに乗り込んだあと私を見て「お嬢さん、駅まで行くなら一緒にどうぞ」と声をかけてくれたのだ。お言葉に甘え同乗させて頂いた。駅に着いた時もお財布を出そうとする私を左手でさっと制し料金を払ってくれた。何度も頭を下げお礼を言う私に「こんなに寒い中待っていられないわよね」と笑いながら去って行った。カッコいい後ろ姿だった。

彼女のほぼ白くなっている髪は肩の上で柔らかいウェーブを作っていて、スキニーデニムを茶色のロングブーツにインしておりトレンチコートを羽織って首元にはラベンダー色のスカーフを巻いていた。

行動もカッコよければファッションもお洒落。粋な人とはああいう人のことなんだろう。

 

私もあんな風にスマートに行動できるだろうか。見ず知らずの人に声をかけるのはハードルが高いように思う。その分、そのハードルを乗り越えてきてくれた彼女の後ろ姿は忘れられないものとなっている。

“良い女”とはああいう女性のことだろう。